山口は恒久の地となるか?(足立勝)
本年(2025年)4月に、公募選考プロセスを経て山口大学に着任した。人生で公務員になることはないと考えていたなか図らずもみなし公務員の立場になったのであるが、ここで少し今までを振り返ってみたい。そのうえで、今まで経験した3つの事業会社及び1つの私立大学教員での経験との違いを少し書いてみたい。なお、着任して感じた違いとは言っても、まだ着任したばかりなので入社・着任に関係する部分に限られるとともに、ここに記載することは、私がたまたま経験しただけのことかもしれず、必ずしも一般化できるものではないことを、予め申し上げておく。
最初に働いたのは日立系の商社で、イリノイ大学ロースクールに留学したのもこのときだった[1]。2つ目の事業会社である日本コカ・コーラ社で働いていたときは、オリンピックやFIFA World Cupでの業務を含め多くのFun&Excitementを堪能し[2]、またCoca-Cola
Bottle立体商標事件をはじめ知財関係の訴訟などにも携わった[3]。コカ・コーラ社勤務時には、早稲田大学大学院で研究活動も開始し、学位も頂くことができた。その後、飲料を売る関係の仕事は十分にしたと考え、今度は病気を治す薬の関係の仕事をしようと3つ目の事業会社であるアストラゼネカ社で働くために大阪に引っ越ししたのが10年前である。そのアストラゼネカ社では、やはり知財に関する訴訟などに携わったが[4]、なにより印象深いのは2020年初めからの新型コロナ禍のなかでのワクチン事業であった。その新型コロナのためのワクチンについて、運搬や保存にあたって通常の冷蔵装置が使えるものを、利益を取ることなく原価で日本政府に供給するという大事業で[5]、日本政府との契約交渉や実行などに直接かかわり[6]、さらには供給契約とは別に日本政府から東南アジアの国々にワクチンを寄付するにあたっての各種書類の準備・アレンジだけでなく[7]、その運営・管理にも深く関与する機会を得た[8]。
こうした経験から事業会社でやりたいと思っていたことは成し遂げたと感じて、事業会社からいわばアーリーリタイヤメントすることにし、研究及び教育に残りのキャリアを費やそうと考え始めていたころに、3年前に声を掛けられたのが大阪の私立大学である追手門学院大学だった。そして、今回5つ目の働き場所として山口に引っ越し現在に至っている。
公募の結果を受領したのが今年の1月末で、その書類には所属学部と職位のみが記載されていて、給与等の待遇について全く記載はなかった。その後、公募時とは別書式での履歴書などを3月初めまでに提出することを要請された。その履歴書に基づいて全学人事委員会にて待遇が決定されるとのことであった。これまでも入社勧誘で、業務や役割について甘言又はそれに近いことを聞いたことは前職や事業会社でもあったが、給与情報が提示されないなかで入社先・転職先を決めたのは初めてであった。そして、着任時4月1日に労働条件通知書が提示を受けた。
また、ICカード(教員証)交付申請書も、上記の履歴書と同じタイミングで提出を求められ対応したが、手元に届いたのは、既に授業も開始されて少し日が経った4月18日で、このような経験は前職にもなかった。このICカードは身分証明書としての機能だけでなく、図書館の入館証や学内コピー機のコピーカードとしての機能もあるものである。さらには、学内の各種コンピュータシステムにもアクセスできない期間も2週間程度あり、その期間は教員としての活動に多少制約もあった。一方で、同じタイミング(3月初めまで)で電子メールアドレス取得申請書の提出も要請されていたが、こちらは着任日に問題なく使えるように設定がされていた。
健康保険の資格確認書の発行については、着任前に必要資料の提出要請はなく、着任後に各種提出書式を渡され直ちに対応したが、受け取ることができたのは着任後3週間が経った後で、以前の所属組織ではすべて着任日当日に受け取っていたのとは大きな違いであった。事前に必要な資料を提出するように要請し準備することは特に問題ないように思えるなか、この地域のおおらかさゆえのものなのだろう。ただ、健康保険資格確認書が届く前に病院に行く必要があった際はどのような手続きになるのかと尋ねた際に、前職の保険証をつかえないかととの返答があったことは、おそらく在職期間中忘れられないと思う。
他方で、前職と同様だったこともある。着任前であるなか、シラバスの作成など着任後の職務に関する業務を依頼され、対応せざるをえないことである。これは、着任後の教育業務に関するものである。そして、着任後の業務に必要になるもの(例えば、教員証や電子メールアドレスなど)や着任後の資格に基づく健康保険証などを発行するために、必要な書類を事前に提出するよう依頼することとは同じではないはずで、しかも着任前の所属先にまだ在籍しているなか(個人の時間を使うことになる)、対価が支払われることもなく着任後の業務のための活動を依頼するというのは[9]、事業会社では考えにくいことに思える。
これらは従来からの進め方であると聞いているが、このままのやり方だと今後人材獲得競争や人材リテンションには相当の厳しさがあるように感じ、少しずつでも改善すべく、微力ながら貢献できればと考えている。もちろん、すばらしいと思えることも数多くあり(例えば、着任後にすぐに研究・教育活動ができるように研究室やPCを手配頂いていたり、新任教員のためにメンター教員が任命されていたり、私が所有する書籍が多いことに基づいて研究室に追加書架を大学予算で追加設置頂いたり)、自身が大学生のときのような、やや昔ながらの大学キャンパスでのこれからの活動や生活をとても楽しみにしている。
[1] 現在の日立ハイテク社である。偶然にも、同社は山口県内にひとつの主要な事業所を有している。このときにニューヨーク州の弁護士試験を受験させて頂いた。
[2] 日本コカ・コーラ社への入社動機のひとつは、1998年開催の長野オリンピック、2002年開催のFIFA World Cup Korea/Japanに関わりたいというものであった。
[3] Coca-Cola Bottle立体商標事件(知財高判平20・5・29(平19(行ケ)10215)のほかに、ALWAYS Coca-Cola 事件(東京高判平11・4・22(平10(ネ)3599)東京地判平10・7・22(平9(ワ)10409))、Tasty 事件(東京高決平12・1・25(平11(ラ)2581)東京地決平11・11・10(平11(ヨ)22130))、ヨーロピアン事件(知財高判平27・9・30(平27(行ケ)10032))も含まれる。
[4] ピリミジン誘導体事件(知財高判平30・4・13大合議判決(平28(行ケ)10260)、医療用吸入薬事件(知財高判令5・10・4(令5(ネ)10012)東京地判令4・12・20(令2(ワ)19198号)などが含まれる。知財事案以外にも、労務関係訴訟3件及び東京労働委員会事案1件を一括して解決するといったこともあった。
[5] アストラゼネカ社2021年2月5日 ワクチン製造販売承認申請時のプレスリリースhttps://www.astrazeneca.co.jp/media/press-releases1/2021/2021020501.html# (2025年4月29日閲覧)
[6] 厚生労働省2020年8月7日プレスリリース https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000657776.pdf
(2025年4月29日閲覧) 同2020年12月11日プレスリリース https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000704539.pdf (2025年4月29日閲覧)
[7] 食品や洋服等の寄付と異なり、ワクチンは医療用医薬品であるためにどのロットがどこで使用されたかトレースできるようにしておかなければいけないことに加えて、日本政府との供給契約と齟齬がないものである必要があるため、日本政府から寄付されるワクチンに関する書類にも深く関与した。そのなかで、田中真紀子元外務大臣が外務省についてコメントしたことの意味が多少わかる経験もした。
[8] 日本政府による寄付が始まった2021年6月4日及び同月15日の外務大臣の記者会見のなかで「アストラゼネカ社を含め、ワクチン提供の実現に協力いただいた関係者に敬意を表します」との発言がされている。https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken24_000052.html#topic2 2025年4月29日閲覧)https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken22_000023.html#topic1(2025年4月29日閲覧)
[9] これは労務の観点から問題があるのではないかと感じている。前職でも、教員が授業・指導を担当する責任コマ数が大学の規程できまっているなか、そのコマ数にカウントしないで、学生へ教育・指導を一年間行う科目(2単位のものが一つと4単位のものが一つ)といった名称の科目が設定されていた。また、その割り振りを学部執行部が、事前相談も同意をとることもなく行っていた。この件について、文部科学省に対して組織改編としてカリキュラムを届け出ているので変えられないとの説明を繰り返すのみで、労務の視点が全く欠けていることを感じた。カリキュラム上はこれらの科目は残しておかないといけないとのことだったので、完全ではないものの、事前同意した教員のみが担当するしくみに改善できた。