ドワンゴ対FC2事件最高裁判決(種村佑介)
1. 2025年3月3日、ドワンゴ対FC2事件(以下、便宜上「第1事件」「第2事件」と呼ぶ)の最高裁判決が下された[1]。今後、これらの判決には様々な評釈が公表されるものと思われる。このたび本コラムへ文章を寄せることとなり、この機会を利用して、非専門家の視点から(筆者の専攻は国際私法である)2つの最高裁判決を簡単に紹介し、雑感を述べることにしたい[2]。
2. 2つの事件は、いずれも、日本法人X(原告・控訴人・被上告人)が、米国ネバダ州法人Y1(被告・被控訴人・上告人)および日本法人Y2(被告・被控訴人・上告人)に対し、Xの有する特許権の侵害を理由として、侵害行為の差止めおよび損害賠償等を求めたものである。Xの各特許権は、動画配信サービスにおいてユーザが動画画面表示上でコメントをやりとりできる機能にかかわる。Y1はインターネットを通じた複数の動画配信サービス(本件各サービス)を提供し、本件各サービスにおいては動画の再生に併せてユーザによって書き込まれたコメントが表示されるところ、同社のウェブサーバ、コメント配信用サーバおよび動画配信用サーバは米国に所在する。
3. 第1事件と第2事件の違いは、実施態様の相違に由来する。すなわち、第1事件では、わが国の領域外から領域内にインターネットを通じてプログラムを配信するYらの行為が、特許法2条3条1号にいう「電気通信回線を通じた提供」および同法101条1号にいう「譲渡等」にあたり、わが国の特許権を侵害するかどうかが問題となったのに対し、第2事件では、わが国の領域外から領域内にインターネットを通じてファイルを送信することなどにより、わが国の領域外に所在するサーバと領域内に所在する端末とを含むシステムを構築するY1の行為が特許法2条3条1号にいう「生産」にあたり、わが国の特許権を侵害するかどうかが問題となった。
4. 以下は読みにくいけれども、第1事件の最高裁判決の判決文の抜粋をベースに、第2事件の最高裁判決の判決文で対応すると思われる箇所を重ねたものである。両判決文で文言が異なる箇所には下線を引き、第2事件の判決文は[角括弧]に入れて表示している。また、両判決に共通する文言は太字で表示している。
I 一般論にかかわる部分
我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(最高裁平成……14年9月26日……判決・民集56巻7号1551頁参照)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、プログラム等が、電気通信回線を通じて我が国の領域外から送信されることにより、我が国の領域内に提供されている場合に、我が国の領域外からの送信であることの一事をもって[サーバと端末とを含むシステムについて、当該システムを構築するための行為の一部が電気通信回線を通じて我が国の領域外からされ、また、当該システムの構成の一部であるサーバが我が国の領域外に所在する場合に、我が国の領域外の行為や構成を含むからといって]、常に我が国の特許権の効力が及ばず、上記の提供が「電気通信回線を通じた提供」(特許法2条3項1号)[当該システムを構築するための行為が特許法2条3項1号にいう「生産」]に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、問題となる行為[システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステム]を全体としてみて、[当該行為が]実質的に我が国の領域内における「電気通信回線を通じた提供[生産]」に当たると評価されるときは、当該行為[これ]に我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。そして、この理は、特許法101条1号にいう「譲渡等」に関しても異なるところはないと解される。
II 事案へのあてはめにかかわる部分
本件配信は、本件各プログラムに係るファイルを我が国の領域外の[プログラムを格納したファイル等を我が国の領域外のウェブ]サーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、その行為の一部が我が国の領域外にあるといえる[ものであり、また、本件配信の結果として構築される本件システムの一部であるコメント配信用サーバは我が国の領域外に所在するものである]。しかし、これ[本件システムを構築するための行為及び本件システム]を全体としてみると、本件配信[による本件システムの構築]は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、本件各サービスは、本件配信により当該端末にインストールされた本件各プログラムを利用することにより、ユーザに、我が国所在の端末上で動画の表示範囲とコメントの表示範囲の調整等がされた動画を視聴させ[その結果、本件システムにおいて、コメント同士が重ならないように調整するなどの処理がされることとなり、当該処理の結果が、本件システムを構成する我が国所在の端末上に表示され]るものである。これらのことからすると、本件配信[による本件システムの構築]は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程として行わ[さ]れ、我が国所在の端末において、本件各プログラム[を含む本件システムを構成した上で、我が国所在の端末で本件各]発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、Xが本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によりされるものである本件配信[やその結果として構築される本件システム]が、Xに経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、Yらは、本件配信[及びその結果としての本件システムの構築]によって、実質的に我が国の領域内において、本件各プログラムの電気通信回線を通じた提供を[システムを生産]していると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信[による本件システムの構築]は、特許法2条3項1号にいう「電気通信回線を通じた提供[生産]」に当たるというべきである。
また、本件各サービスは、本件配信及びそれに引き続く本件各プログラムのインストールによって、本件各装置発明の技術的範囲に属する装置が我が国の領域内で生産され、当該装置が使用されるようにするものであるところ、本件配信は、我が国所在の端末において、本件各装置発明の効果を当然に奏させるようにするものといえ、サーバの所在地や経済的な影響に係る事情も前記……と同様である。そうすると、Yらは、本件配信によって、実質的に我が国の領域内において、前記装置の生産にのみ用いる物である本件各プログラムの電気通信回線を通じた提供としての譲渡等をしていると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信は、特許法101条1号にいう「譲渡等」に当たるというべきである。
5. 以上の抜粋からも明らかなように、対象となる発明の種類(カテゴリ)や実施の態様にあわせた表現の違いはあるものの、両判決の論理構成は基本的に同じである。そして太字の箇所は、本件で最高裁が重視したことを示しているように思われる(以下、とくに区別の必要がないと判断したところは、両判決を指して「本判決」や「判旨」という表現を用いる)。
6. この太字部分に着目すると、判旨はまず、一般論にかかわる部分(I)において、最判平成14・9・26民集56巻7号1551頁〔FM信号復調装置事件〕を引用し、「我が国特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められる」という実質法上の原則(実質法上の属地主義)を前提としている。このような実質法上の属地主義の説明は、それ以前の最判平成9・7・1民集51巻6号2299頁〔BBS並行輸入事件〕にもみられ、この認識は本判決においても変わっていないことがうかがえる。
7. そのうえで判旨Iは、「電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等」を念頭に、これにかかわるY(ら)の行為の一部がわが国の領域外からされている(または、システムの構成の一部であるサーバがわが国の領域外に所在する)ことをもって、常に我が国の特許権の効力が及ばないとするのは「特許法の目的に沿わない」とする。そこで、そのような場合であっても、問題となる行為やそれにより構築されるシステムを「全体としてみて」、それが「実質的にわが国の領域内における」実施にあたると評価されるときは、わが国の特許権の効力が及ぶとする。
8. 以上を要約すると、①特許の保護対象が「電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等」にかかわるものであれば、その性質からして、行為の一部がわが国の領域外からされていても(または、システムの構成の一部であるサーバがわが国の領域外に所在するとしても)、②全体としてみて③日本の領域内での実施と評価される場合がある、ということである。このうち、①は対象の限定(本判決の射程)にかかわるものであり、③は前記実質法上の属地主義からの当然の帰結であるように思われる(なぜなら、特許権の効力の及ぶ〔地理的〕範囲が日本の領域内に限定される以上、発明の実施もまた、そこでなされる必要があると考えられるからである)。では、②の判断はどのようになされるのか。これについては、今後の裁判例の集積やガイドライン等の整備によって次第に明らかになっていくことが期待されるところ、本件の事案へのあてはめにかかわる部分(II)でも具体的な判断がなされているので、つぎにこの点をみる。
9. 判旨IIではさまざまな事情が挙げられており、一見すると共通する文言は少ない。それでも、以下の2点は両判決に共通しているように見受けられる。すなわち、(i)Y1の各種サーバが米国に所在しており、そこからの送信であることや、それがシステムの一部を構成することで、「外形的には」実施行為が国内で完結したとはいえない場合であっても[3]、問題となる行為は「我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるもの」で、「我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程として」され、わが国所在の端末で「発明の効果を当然に奏させる」(生じさせる)ようにするものであるから、「サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はない」こと、そして、(ii)問題となる行為やそれによって構築されるシステムが日本の特許権を有するXに経済的な影響を及ぼしうること、以上の2点である。
10. このうち上記(i)は、「構成や工程の一部を担うサーバが外国に存在するために、実施行為の一部が国外で行われていると評価する余地がある場合であっても、実施行為の他の部分がわが国内で実行され、特許発明の効果がわが国内で実現しているときは、実質上国内でなされた実施行為として、侵害を認めてよい」との立場[4]をとるものと解される。本件では、日本国内のユーザ端末が本件各サービスの起点となっていること、日本で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程で問題となる行為がされていること、そして実際に発明の効果が日本国内のユーザ端末に生じていることから、サーバの所在地が日本の領域外にあることに特段の意味はないとされたのである。
11. 最高裁が、実施行為の国内での完結を厳格に要求する従来の日本の裁判例のような立場をとらない点を明確にしたこと、および、いかなる事情があれば発明の構成や工程の一部を担うサーバを日本の領域外に置いたとしても「実施行為の他の部分がわが国で実行され、特許発明の効果がわが国内で実現している」と評価されるかにつき一例を示したことは、興味深い。とりわけ本判決が、この種の発明でサーバの所在地は当然に無意味であるとするのではなく、当該サーバが特許発明の構成や工程の中で果たす役割のほか、これを利用するサービスの起点や終点をも考慮してサーバの所在地がもつ意義を再評価し、実施行為の場所は日本にあると判断していることからすれば、そのかぎりで実質法上の属地主義は依然として維持されている(「緩和」されてはいない)との見方もできよう。
12. このように考えると、気にかかるのは上記(ii)の部分である。日本の特許権者に対して経済的な影響(これは上記(i)にいう「発明の効果」とは異なるものと解される)を及ぼすことは、日本の領域内における実施行為の認定とは必ずしも関係がないように思われるからである。この点、本件ではサーバの所在地が日本の領域外にあることに特段の意味はないとしたところで判決に必要な判断はなされていると考えれば、上記(ii)は傍論と位置づけることもできるかもしれない。その一方で、この要件への言及が実質的に日本の領域内での実施にあたると判断されるためには上記(i)に加えて上記(ii)も必要であるとする趣旨であれば、このような経済的影響とは何を意味するかを明らかにしなければならないであろう。なお判旨の文理からして、最高裁が上記(ii)だけで日本の領域内での実施を認定する立場をとったと解するのは困難であるように思われる。
13. 本判決のように事案の複数の事情や要素を並列的に掲げて総合考慮する立場に対しては、その基準が不明確であり、予測可能性が低いという批判がかねてからなされてきた[5]。将来の立法的解決が望ましいことはもちろんだが[6]、法解釈としては、このような総合考慮のうち、とくにどの要素が重視されるのかを解明していく作業が必要となろう。たとえば、前述した判旨のいう「経済的な影響」がもつ意義のほか、侵害の認定にあたって日本国内の「行為」に着目するのか「効果」に着目するのか[7]、「特許発明の本質的部分にかかわる」行為と「発明の効果の発生に直接的に関係している」行為との間の区別、およびそのいずれが日本国内でなされる必要があるのか[8]、などが問題となるように思われる。予測可能性は、これらの問題を1つずつ検討し、個々の裁判例の中で検証することを通じて向上を図るほかない。
[1] 最判令和7・3・3裁判所Web(令和5(受)14号、15号)[表示装置、コメント表示方法、およびプログラム]〔ドワンゴ第1事件〕、および最判令和7・3・3裁判所Web(令和5(受)2028号)[コメント配信システム]〔ドワンゴ第2事件〕。
[2] 筆者はかつて、ドワンゴ第1事件控訴審判決(知財高判令和4・7・20裁判所Web(平成30(ネ)10077号)の評釈を執筆したことがある。種村佑介「判批」新・判例解説Watch23号(2023年)333頁参照。以下の本文では日本法が準拠法となることを前提とし、外国法の適用にかかわる国際私法上の論点には触れないこととする。
[3] 従来の日本の裁判例は、「国内において……方法の特許の技術的範囲に属する行為を完結していない」ために実施と評価できないとするもの(東京地判平成13・9・20判時1764号112頁)や、「物の発明の『実施』としての……『生産』は、日本国内におけるものに限定され、上記の『生産』に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要」とされる(東京地判令和4・3・24裁判所Web〔令和1(ワ)25152号〕〔ドワンゴ第2事件第一審〕)など、実施行為の国内での完結を厳格に求める傾向にあった。これについては、種村・前掲334頁参照。
[4] 鈴木將文「越境的要素を有する行為による特許権侵害に関する一考察」L&T98号(2023年)21、23頁。
[5] 本件の控訴審判決について、鈴木・前掲23頁、山内貴博「特許権等の属地性『実務の視点』」日本工業所有権法学会年報47号(2024年)91、95頁など参照。
[6] 遠藤隆史「海外にサーバー『特許侵害』 最高裁判断、ニコ動コメント機能に類似 ドワンゴ勝訴確定」朝日新聞朝刊東京本社版 2025年3月4日, 29面参照。
[7] 山内・前掲注5・95-96頁参照。
[8] 鈴木・前掲注4・21頁参照。