ミドリガメは捨てられない――かわいい入口、重い出口(今村哲也)

母が父の誕生日に、ミシシッピアカミミガメを三匹プレゼントしたことがある。名前は、パスカル、大将、ミミ。正式名称であるミシシッピアカミミガメというと少し厳めしいが、子どものころは「ミドリガメ」という、いかにも可愛らしい名前で売られていた。子ガメのころは手のひらに乗るほど小さい。小さな甲羅とつぶらな目を見れば、つい連れて帰りたくなる気持ちもわかる。 

【かわいい3匹のミドリガメとそのつぶらな目】

しかし、そこが落とし穴でもある。アカミミガメは、成長すると甲羅だけで二十センチから三十センチほどになる。二十センチといえば、ほぼA4用紙の短い辺の長さである。三十センチとなれば、学校で使う定規一本分で、ちょっとした小皿というより、もはや弁当箱か小さなフライパンに近い。縁日の「ミドリガメ」という名前から想像する可愛らしさとは、だいぶ違う存在になる。

三匹を飼い始めたのは、十七年ほど前である。三匹のうち、パスカルは十年ほど前に脱走した。実家のどこかから姿を消し、そのまま行方不明である。カメに「家出」という言葉が適切なのかはわからないが、少なくともパスカルは、自分の意思でどこかへ行ったように見えた。残された大将とミミは、その後も実家で暮らしていた。

ところが、先日母が亡くなり、父が一人で世話を続けることは難しくなった。そこで、二匹を都内の我が家で預かることになった。母から父への誕生日プレゼントは、時を経て、息子の家へやって来たのである。単なるペットというより、少し重たい形見である。

母の日記を見ると、週一回の水換えと甲羅磨きが習慣だったようである。きちんと世話をしていたのだと思う。庭でカメを散歩させる微笑ましい動画もいくつも残っていて、家族のLINEでも共有されていた。父と母にとって、大将とミミは、ただ水槽に入れておく生き物ではなく、日々の暮らしの一部だったのだろう。

こう書くと美しい話だが、正直に言えば、こちらはかなり面倒くさい。水はすぐに濁る。においも出る。甲羅を磨こうとすれば、カメも黙って磨かれているわけではない。母は偉かった、と水槽の前でしみじみ思う。ただ、母も私の母である。毎週の水換えと甲羅磨きを、いつも清らかな愛情だけでこなしていたかというと、そこは多少、想像がつく。日記に書かれていないため息も、たぶんあったのではないかと思う。

しかも、アカミミガメは長生きである。自然では二十年くらいともいわれるが、飼育下では二十年から三十年、四十年生きるものもいるという。三匹を飼い始めて十七年。父と母が大切に育ててきたことは、母の日記や動画を見ても明らかである。そうなると、大将とミミはまだこの先十年以上生きる可能性がある。母の形見として大切にしたい気持ちはある。しかし同時に、「この先十年以上、水換えと甲羅磨きが続くのか」と思うと、なかなか複雑な気持ちになる。[1]

最初はベランダで放し飼いにしてみた。なるべく自由に動けるように、との思いからである。[2]しかし、意外にガタガタとうるさい。甲羅で何かを押す音、容器にぶつかる音、こちらが思っている以上に活動的である。「カメたち、意外と音がするね」という妻のひとことから、今度は、庭の駐車場の一角に移すことにした。

ところが、水を張れば蚊が寄ってくる。放っておけば、たちまちボウフラの天国になりかねない。そこで、カメのためなのか、人間のためなのかよくわからないが、amazonで蚊帳を買うところまではした。もっとも、まだ実際には張っていない。今のところは、こまめに水換えをして、ボウフラが湧かないようにしている。おかげで水は意外にきれいである。カメの飼育というより、小さな水質管理事業である。

さらに困ったことに、小学生の娘はもともと生き物が好きで、この二匹のこともわりと気に入っている。さっそく、親の目を盗んで、自転車のカゴに入れて近所の公園に連れて行き、散歩にいかせてしまった。もちろん、逃げ出せば大問題なので、今思えばなかなか危うい。しかも、その一回目に、娘が大将にちょっかいを出したところ、指をかまれて病院に行く羽目になった。すぐに診てもらえた。整形外科のお医者さんには感謝である。娘の指も心配だったが、むしろ近所の子どもがかまれなくてよかった、という気持ちの方が強かった。それ以来、公園には連れて行っていない。

母が亡くなった直後、家族で今後のことを話しているときに、当然、この二匹の処遇も話題になった。父が一人で飼い続けるのは難しい。こちらで預かるにも手間がかかる。実家近くに流れる利根川に放しに行く、要するに捨てに行くという案も出た。もちろん、すぐに却下された。感情としてはわからなくもないが、それはさすがにまずい。

ここで問題になるのが、法律である。アカミミガメは、現在、外来生物法上の特定外来生物である。ただし、あまりに多くの家庭で飼われてきたため、通常の特定外来生物と同じように一律に飼育禁止とはされていない。いわゆる「条件付特定外来生物」として、一般家庭で飼い続けることや、責任をもって飼える人への少数・無償の譲渡は、許可や届出なしで可能とされている。[3]

しかし、野外に放すことは別である。池や川に逃がすことは、法律上禁止されている。もちろん、一級河川である利根川も例外ではない。しかも、罰則は軽くない。著作権侵害に対する罰則ほどは重くないが、「著作権侵害とみなされる行為」に対する罰則(著作権法120条の2第3号から第6号)と同程度の罰則が用意されており、許可なく野外に放てば、個人でも3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金の対象となり得る。場合によっては、その両方が科されることもある。販売や広く配る行為についても、同様に重い罰則が予定されている。[4]

最近、私は初めてNHKニュースのインタビューに出た。大変ありがたいことである。しかし、次にテレビに出るときの見出しが、「大学教員、カメを捨てて捕まる」では困る。困るというより、カッコ悪すぎる。知的財産法の話をしていたはずの人間が、外来生物法違反で報道される。しかも理由がカメ。これは法学者としても、人間としても、かなり避けたい展開である。

そこで、伊豆のほうにある爬虫類専門の施設、iZooに連れて行くことも思案している。環境省の引取り事業者一覧にも、体感型動物園iZooはアカミミガメの引取り先として掲載されている。正直なところ、こういう施設があると知ったときには、少しほっとした。もちろん、父と母が十七年育ててきた二匹である。連れて行けばそれですべて気持ちが軽くなる、というものではない。それでも、利根川に放すのではなく、専門の施設に引き取ってもらうという道があることは、少なくとも法律的にも、気持ちの上でも、大きな違いである。[5]

考えてみれば、これはアカミミガメやアメリカザリガニだけの問題ではない。かつてペットとして買われ、飼われたものの、成長したり、長生きしたり、気性が荒かったりして、扱いに困る生き物は少なくない。アライグマやカミツキガメのように、外来生物法上の規制が問題になるものもある。ワニガメや大型のヘビのように、人に危害を加えるおそれがあるため、動物愛護管理法上の「特定動物」として厳しく扱われるものもある。小さいときは可愛い。珍しいから飼ってみたい。しかし、大きくなる。長く生きる。噛む。逃げる。飼い主の生活も変わる。入口はペットショップでも、出口は法律問題になる。[6]

法律は「捨てるな」と命じるだけでは足りない。人は老いる。家族は亡くなる。病気にもなる。かつて「ミドリガメ」という可愛らしい名前で迎えられた生き物が、何十年も後に、誰の手で、どこで暮らすのか。そこには、個人の責任だけでは片づかない問題がある。

水槽の中の大将とミミは、そんな事情を知ってか知らずか、今日も澄んだ水の中からこちらを見ている。母のプレゼントであり、父の思い出であり、外来生物法上の規制対象でもある二匹のカメ。法律は、ときに六法全書の中ではなく、ボウフラを湧かせまいと水を替えたばかりの水槽の中から、静かにこちらを見返してくる。

今村哲也(明治大学情報コミュニケーション学部教授)


[1]環境省「条件付特定外来生物アカミミガメ・アメリカザリガニの規制について」は、アカミミガメについて、子ガメの時は手のひらに乗るほど小さいが、成長すると甲羅の部分だけで20〜30cm程度にまで大きくなり、大型の水槽や飼育スペースが必要になると説明している。また、同資料は、飼育下のアカミミガメの寿命を20〜30年とし、40年生きるものもいると説明している。環境省資料「アカミミガメに係る特定外来生物の取扱いに関する規制の適用除外について」も、飼育下での寿命が20〜40年程度と長く、飼養者の高齢化により飼養継続が困難となるケースが少なくないと指摘している。

[2]私はどうも、生き物が自由に動き回っているのを見るのが好きなところがある。以前、ハムスターを寝室で放し飼いにして、とんでもないことになったこともある。詳細は省くが、少なくとも寝室でハムスターを自由にさせるのは、教育的にも衛生的にも、あまり推奨できない。

[3]特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律2条1項、4条、8条、9条、同法施行令別表第一。アカミミガメ、すなわち Trachemys scripta は同施行令上の特定外来生物である。もっとも、アカミミガメについては、同法附則5条1項に基づく政令上の措置により、家庭での飼養等や、頒布に当たらない少数相手への無償譲渡等について、4条・8条の規制の一部が適用除外とされている。

[4]同法9条は、特定外来生物の放出等を原則として禁止する。同法32条は、9条違反等について、個人の場合、3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、またはその併科を定める。販売・頒布目的での飼養等や、特定外来生物の販売・頒布についても、同条により同様の罰則の対象となる。

[5]環境省「条件付特定外来生物アカミミガメ・アメリカザリガニの規制について」および同省公表の「引取り事業者一覧」参照。引取りの可否や条件は、各事業者に事前確認する必要がある。

[6]アカミミガメ・アメリカザリガニ以外にも、外来生物法上の特定外来生物として飼養等が規制されるものや、動物の愛護及び管理に関する法律上の特定動物として飼養・保管が厳しく規制されるものがある。規制の根拠や内容は生物種によって異なるため、飼育を始める前だけでなく、飼育を継続できなくなった場合にも確認が必要である。


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