著作権法と時際法(末宗達行)
今の職場に移ってから、1年が過ぎた。最寄りの駅への徒歩移動は、真夏の時期にはなかなか堪える。とはいえ、ほどほどに自然が豊かで、時期によってはキャンパスの除草作業にいそしむヤギにも会える。
所属が学際的な部局なので、同僚の先生や学生から、どういったことを研究しているのかとか、もっと広く(知的財産)法学はどういうことをやっているのかといったことを尋ねられることがある。その場では、自分なりに一生懸命お答えして、ご理解ご納得いただけている(と思っている)。ただ、今度は自分の中で、自分の取り組んでいることがどういう特徴があるのか、何を目指すのかなどということについて、問いが湧いてきた。
着任時の書棚の整理に際して、小粥太郎先生のご著書を手に取った。
昔、大学院生の頃に法学の研究とはどういうことをするのかということがあまり掴めない中、小粥先生のご論文[1]に接した。
思考をめぐらすときには螺旋を辿ると、どこかで聞いた気がする。上から見れば同じところにぐるぐると戻ってきたようにみえるが、当人からは少し景色が違っている。
自分にとっては大きな問題を前にして、先生のご著書をまた改めて訪ねることにした。教育面や学務面での負担に配慮していただいたこともあって、本来何かとあわただしいはずの新任1年目ではあったが、幸いじっくりと本に向き合えた。
昨年夏、その前の年の冬の学会での企画セッションをきっかけに、志賀典之先生と鈴木康平先生との共著論文[2]の準備が進んでいた。
〔最凶タッグ事件〕判決[3]について、最初に教えていただいたのは、鈴木先生からだった。著作権法30条の2について、民事に関する経過措置に係る定めがない中で、令和2年改正前の行為に、改正後の規定を適用する旨の判決を目にして、正直にいえば、当初は少々困惑した[4]。事案については、先行していた発信者情報の開示を命じる判決[5]には疑問があったので[6]、非侵害の結論は妥当だと思ったが、改正後の規定の適用に関する部分がどういった背景からくるものなのか、その位置づけをどう理解するべきか悩ましかった。だが、すぐさま他の仕事や家庭のことなどが押し寄せてきて、悩みは意識の外に押し流されていった。
年の瀬が迫ってきた頃、年明けに予定されている判例研究会について、そこでの報告対象の判決を申告する期限も一緒に迫ってきた。
はてどうしようか。色々思案した挙句、〔最凶タッグ事件〕判決を扱うことにした。
一度考えた悩みは、いったん意識の外へ旅してくると、戻ってくる頃にはお土産を持ってきてくれることもあるらしい。
悩ましく思っていた改正後の規定の適用に関する部分について、小粥先生のご著書に「時際法」を扱った論考[7]があったのをその時思いだした。
時際法というのは、ある辞典によると「二個の法令が時間的に先後関係に立つときに、 ある法律事実がそのいずれの法に支配されるかを定める法則[8]」と説明される。〔最凶タッグ事件〕判決の場合、民事については経過措置に関する定めがない中で、著作権法30条の2に係る令和2年改正により、問題となっている行為が行われた時点の規定と、口頭弁論終結時の規定が異なる場合に、いずれが適用されるべきかが問題となった。これは、時際法で扱われる場面にあたるのではないかと思ったわけである。
初出が2006年となる小粥先生の論考[9]は、時際法、あるいは法の時に関する適用範囲についての理論的検討が、必ずしも蓄積が厚くなく、また、かつてこれに言及がみられた民法「総論」から論考執筆の時期のあたりではこうした言及がみられなくなっていたことへの問題意識から出発していた[10]。その後、齋藤健一郎先生の時際法に関する一連のご業績[11]が登場している。また、プロバイダ責任制限法(当時)の省令改正や法改正に伴って、問題となった投稿について改正前後の法令のいずれが適用されるのかという問題が学界で論じられ[12]、関連する最高裁判決が登場し[13]、注目を集めているように思われる。
〔最凶タッグ事件〕判決の判例研究会での報告では、改正前後の規定のいずれが適用されるかという点について、先行研究をもとに時際法の観点から考えることを試みた。その後、評釈として公表する機会をいただいた。ただ、別の研究会での報告で前述の最高裁判決との関係をご指摘いただいたこと[14]や、紙幅の関係もあり、時際法の議論ではなく、判例との関係を中心に記述することにした[15]。
〔最凶タッグ事件〕判決の上記の点について、時際法の観点からの理論的な検討も、いつになるかはわからないけれども、いずれ正面から行いたいと思っている。
保護期間の延長が関係する場合[16]を除いて、経過規定については、令和2年改正法附則11条が「施行日前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」と定めているように、これと同様の定めをおくことが他の改正においても通例となっているのではないかと見受けられる[17]。この種の規定のみでは、刑事については取扱いが明らかにはなっているものの、民事については沈黙しているということになるだろう。
著作権法の権利制限規定は、ご承知の通り、かなりの頻度で改正(場合によっては新設)されている。著作権法を取り巻く環境の変化は、激しくなる一方だから、改正の頻度が急減することは当面ないだろう。
上記のような経過規定の置き方が変わらないのであれば、潜在的には、時際法で扱われるべき場面は相当程度あるのではないかと思われる。
文字通り「日進月歩」という感じで、生成AIの進化に伴ってどんどん既存のデータの掘り起こし、分析が早く、深くなっている。そのようななかで、ぼんやりとした悩みを抱えながら書棚を眺め、本を探して取り出して、開いて読むという昔ながらの行為は、ときに非効率に思えてしまう。
もしかしたらそうかもしれないのだけれども、今回のように書棚の本から先達の知見を頼りに思索を行えたこと自体、少しホッとした気持ちになった。
[1] 小粥太郎「日本の民法学におけるフランス法研究」民商131巻4=5号(2005年)561頁以下。関連して、同論文で「逆照射型」といわれる外国法研究の類型を含む「比較対象の差異を明らかにすることに主眼を置いた外国法研究」の意義について、田中亘(司会)=加毛明=石川博康=稻谷龍彦=巽智彦=藤谷武史「<座談会>法学の方法」田中亘編著『法学の方法』(有斐閣、2026年)430-431頁〔加毛明発言〕。
[2] 鈴木康平=志賀典之=末宗達行「著作物の『写り込み』に関する日本・ドイツ・イギリスの権利制限と裁判例」コピライト775号(2025年)33頁以下。
[3] 知財高判令和7年7月31日(令和6年(ネ)第10075号)。
[4] 最近の評釈で「衝撃的な判断」と評するものもある(仇可欣「判批」ジュリスト1626号(2026年)125頁)。
[5] 東京地判令和2年10月14日(令和2年(ワ)第6862号)。
[6] 末宗達行「応用美術の『写り込み』をめぐる一考察(1)―イギリス法との比較を通じた著作権法30条の2の解釈の検討―」早稲田法学97巻4号(2022年)25-26頁。
[7] 小粥太郎『民法学の行方』(商事法務、2008年)131頁以下に、第五章「時際法・入門」がある。
[8] 法令用語研究会編『有斐閣法律用語辞典〔第5版〕』(有斐閣、2020年)489頁。
[9] 小粥・前掲(6)10頁注9において、初出が水野紀子編『家族―ジェンダーと自由と法』(東北大学出版会、2006年)に収載の同題目の論考であることが記載。
[10] 小粥・前掲(6)132頁、133頁注3。
[11] 齋藤健一郎先生のResearchmap(https://researchmap.jp/7000011009)。
[12] 『情報法制研究』13号では、特集2として「シンポジウム・時際法問題」が組まれ、複数の論考が発表されている(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/alis/13/0/_contents/-char/ja)。
[13] 最判令和5年1月30日民集77巻1号86頁、最判令和6年12月23日民集78巻6号1445頁。
[14] 三木浩太郎弁護士、早川尚志弁護士、河合哲志弁護士をはじめとする名古屋知財勉強会(2026年1月26日)にご参加の先生方にご指導を賜った。
[15] 末宗達行「判批」発明123巻7号(2026年)42頁以下。 https://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/hyou/202607hyou.pdf
[16] 著名な最判平成19年12月18日民集61巻9号3460頁〔シェーン事件〕は、この場面に関するもの。
[17] 現在からかなり遡る1963年(昭和38年)刊行の書籍において、当時衆議院法制局第二部長であった川口頼好氏は、法律の改廃に際して、本文に引用したような規定を附則で定めるのが「普通である」と指摘したうえで、型通りの例文で定めることを戒めて、「法規の内在的性質を深くせんさくすることによってこの問題を処理しなければならない」と述べていた(川口頼好『立法の技術と理論』(日本評論新社、1963年)174、179-180頁)。