知的財産法の「躓きの石」(園部正人)

1 はじめに[1]

 ここ数年、学部や法科大学院で知的財産法の講義を担当する機会に恵まれています。

 そうしたところ、知的財産法の学習者は「明らかな難所」だけでなく意外なポイントで躓くことがある、ということがわかってきました。今回はこうしたポイントを2点ご紹介したいと思います。

 本コラムをご覧頂く皆様にとって有用な情報とは言えないかもしれず、また、「お前の教え方が悪いだけだ」というもっともなお叱りを頂くことになるのかもしれませんが、少しだけお付き合いを頂ければ幸いです。

2 職務発明にかかる特許権・特許を受ける権利

 まず取り上げたいのは職務発明についての特許法35条です。

 講義で職務発明を扱う際には、職務発明該当性、使用者等の法定通常実施権、特許権・特許を受ける権利の帰属・承継、相当利益請求権の順番で説明をしています。相当利益請求権の説明に時間を要することが多いので、それ以外の部分はさらっと触れることが多かったのですが、「特許権・特許を受ける権利の帰属・承継」で躓く受講者が多いということがわかってきました。

 かねて不思議に思っていたのですが、あるときふと原因として思い当たったのが「彼ら/彼女らにとって、初めて目にする特許法35条の条文は平成27年改正後のものである」という(当たり前の)事実です。

 現行法では、①職務発明に係る特許権の承継(35条2項反対解釈)、②職務発明に係る特許を受ける権利の承継(35条2項反対解釈)、③職務発明に係る特許を受ける権利の原始帰属(35条3項)という3通りのオプションが用意されていることになります。

 私を含め平成27年改正前に初めて特許法を学んだ世代は、「①と②のオプションがあり、これらのルールが特許法35条2項の反対解釈から導かれること」をまず学びました。そのうえで平成27年改正を迎えることになったので、現行35条3項の新設(及び35条2項の修正)により③のオプションが追加されたことは特段の支障なく理解できました。

 一方で、現在の学習者は①~③のオプションを初見の現行35条をみて学ばなければなりません。その際には、「取得」が「承継」と「原始帰属」双方を含む概念であること[2]を踏まえたうえで、③のオプションは正面から規定がある(35条3項)のに対し、①及び②のオプションは35条2項反対解釈によるという点を押さえなければなりません。わかってしまえばどうということはないのですが、経験上、この点は学習者にとってある種のハードルとなっているように思われます。

 一般に、法令の改正は、既存の条文になるべく手を加えずに行うものとされているのだろうと思います[3]。そうすると、①及び②のオプションを既に規定している35条の改正前条文に、③のオプションを規定する新35条3項を追加し、同時に35条2項で特許を受ける権利について用いられている「承継」の文言を「取得」に置き換える、という平成27年改正は理にかなったものと言えようと思います。ただ、これによって35条2項及び3項の条文が、初見の学習者にとって読みづらいものになってしまったことも否定できないように思われます。

3 「複製物の譲渡」と「公衆送信」

 著作権法でよくある躓きが、「インターネット経由の情報伝達を『譲渡』(著作権法26条の2)ととらえる」というものです。

 定期試験等のシンプルな事例問題として、「(書籍・漫画等)何らかのコンテンツをスキャンし、そのデータをインターネット上にアップロードすること」につき、問題となる支分権を問うことがあります。

 こちらが想定している解答は複製権(21条)と公衆送信権(23条1項)なのですが、後者に代えて(又は加えて)譲渡権(26条の2)を指摘する解答が出てくることがあります。

 これも不思議に思っていたのですが、受講者の答案を読んでいると「コンテンツをスキャンする行為が複製であり、その結果作成された電子データが『複製物』なので、これをインターネットを介して不特定多数の人物にダウンロードさせることによって『複製物の譲渡により公衆に提供』したことになる」という理解がされているようです。

 公衆送信権との兼ね合いについても、「アップロードした時点で送信可能化行為が行われたことになるので公衆送信権侵害が成立し、その後、実際にダウンロードが行われた時点で譲渡権侵害が成立する」と説明をする答案を読んだこともあります。

 もちろん、著作権法上の「複製」が「有形的に再製すること」(2条1項15号)である以上、「複製物」は有体物となるので、有体物たる媒体に固定されていない状態の電子データそれ自体が「複製物」となることはありません。また、著作権法上の「譲渡」とは「有体物の所有権と占有を移転すること[4]」、「提供」とは有体物の「占有を移転すること[5]」とされていることからも、上記のような解答は誤りということになります。

 講義で著作権の支分権を取り上げる際には、21条の複製権から条文の順番に沿って説明をしています。複製権(21条)の説明をする際には「複製」の定義規定にも言及はしているのですが、説明の力点は置いていなかったのかもしれません。

 また、譲渡権(26条の2)についてももちろん説明はしているのですが、直前の頒布権(26条)で中古ゲームソフト事件最高裁判決(最判平成14年4月25日民集56巻4号808頁)を紹介した流れで、譲渡権には消尽の明文規定がある(26条の2第2項)ということに触れるにとどまり、「複製物(有体物)の譲渡」という点を強調せず、さらっとした説明になってしまったのかもしれません。

 結果として、「電子データは『複製物』」という誤解がうまれ、これを公衆に拡散させるというイメージの下に譲渡権を挙げてしまったのだろうと思います。

 そもそも知的財産権は「無体物を保護する制度」であり、それゆえ講義でもこの点を何度も強調するのですが、一方で(特に著作権法の)講義では「無体物が化体した有体物」に関する問題が多く扱われるので、有体物と無体物の区別に敏感になる必要がある、ということも言えるのかもしれません。

4 躓きから学ぶこと

 私が経験した「躓きの石」のうち、代表的なもの2点をご紹介しました。

 振り返ってみてもわかるように、これら躓きは私の教え方によるところもあろうと思います。現在では、「躓きの石」の所在を確認したうえで、講義の際にも必要なフォローをするよう心掛けています。

 ただ、こうした「躓きの石」から学ぶこともあろうかと思います。今回挙げた2つの例のうち、前者は私にとって特許法35条の改正経緯を改めて見直す機会となりましたし、後者も「著作物の利用行為」を「支分権の対象行為(法定利用行為)」として切り分けることの意味(さらには「デジタル消尽」につながる問題意識)を考える機会となりました。

 学習者にとっても、おそらくは躓きから学べることがあるのではないかと思い、例えば定期試験後に配信する解説ではなるべく誤答例を取り上げるようにしています。

 必修科目ではない知的財産法関係科目をあえて履修してくれた受講者に対し、より良い講義を提供するために、また、私自身の研鑽のためにも、今後も躓きながら学んでいきたいと思っております。

園部正人(青森中央学院大学准教授)

[1] 法律学の世界では、「民法総則は躓きの石」という言い方がよくなされるようです。内田貴『民法Ⅰ-1 総則(第5版)』(東京大学出版会、2025)17頁。

[2] 特許庁総務部総務課制度審議室編『平成27年特許法等の一部改正 産業財産権法の改正』(発明推進協会、2016)14頁

[3] 林修三『法令作成の常識(第2版)』(日本評論社、1975)78頁には、(法令の一部改正は)「なるべく少ない字句を用いつつ、その目的を達するように改正規定を作るようにしなければならない」という説明があります。この観点からすると、特許法30条1項及び2項の文言をわずかに変えるだけで、新規性喪失の例外の適用対象を拡大した平成11年改正は特筆すべきものといえると思います。

[4] 島並良ほか『著作権法入門(第4版)』(有斐閣、2024)167頁〔島並良〕

[5] 島並ほか・前掲注4)162頁〔島並良〕


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