IPウェイバーからPABSへ――WHOパンデミック協定の何が問題なのか(中山一郎)
筆者は、過去2回の本コラムにおいて、新型コロナウイルス感染症(以下「COVID-19」という。)を契機に浮上したワクチン等の医薬品へのアクセスと知的財産をめぐる問題をとりあげた。今回のコラムでは、3回目としてその後の顛末と新たな課題について述べる。
過去2回のコラムのおさらい
本問題を最初に取り上げた前々回のコラムは、2020年5月というパンデミック初期において、ワクチンなどの特許権を強制実施権等により制限すべきか、特許権者の自発的取組みに委ねるべきか、という当初の議論を紹介した。
続く2022年12月の前回のコラムでは、その後、①TRIPS協定の履行義務を広範に免除するウェイバー提案の登場により議論の構図が変化し、特許権を制限すべきか否かではなく(Whether)、特許権をどのように(How)制限すべきかに議論がシフトしたこと、②しかし、2022年6月のWTO閣僚決定は、ウェイバーの文言を用いてはいるが、実質的には強制実施権等を基本とするTRIPS協定の柔軟性(Flexibility)を確認する内容が大半であったこと、③もっとも、ウェイバー提案をめぐる議論の第1幕は終わっても、別のフォーラムで第2幕が始まる可能性があること、について述べた。
WHOパンデミック協定とIPウェイバー
その後実際に、ウェイバー提案の議論は、WHOのパンデミック協定をめぐる交渉に舞台を移した。
ここで、WHOパンデミック協定(WHO Pandemic Agreement)[i]について簡単に述べる。同協定は、COVID-19の教訓を踏まえて「パンデミックを予防し、備え、対応すること」(同協定2条)を目的として、2025年5月のWHO総会において採択された。同協定は、パンデミックの予防やサーベイランスのための措置や能力の強化、強靱な保健制度の維持強化、保健人材の育成や緊急時の体制構築、医薬品等の規制制度の強化、医薬品等の研究開発や現地生産の推進、パンデミック関連保健製品へのアクセスを確保するためのサプライチェーン及び物流のネットワークの整備などについて、国際協力等を通じてその実現を図ることを目指している。緊急時におけるワクチンの現地生産など、実現可能性に疑問が残る点も含まれるが、全体の方向性は、強く異論を唱えるほどのものではないであろう[ii]。
さて、ウェイバー提案に戻ると、それがWTOにおいて実質的に骨抜きにされたことは、前述した。ところが、敗者復活戦のように、知的財産権保護義務を免除するIPウェイバーは、パンデミック協定の交渉において再び提案されたのである。IPウェイバー支持者にしてみれば、WHO憲章は、「到達しうる最高基準の健康を享有すること」(前文)を基本的権利と位置付けており、健康への権利を重視するWHOで交渉すれば、IPウェイバーへの支持を集めやすいとの思惑があったのもしれない。
また、思い起こせば、COVID-19のワクチンについては、先進国と途上国の接種状況に大きな格差が生じた[iii]。そのため、パンデミック協定は、衡平性(Equity)を重視し、例えば、衡平性がパンデミックの予防、準備及び対応における目標、原則、かつ、結果であって、個人、地域社会、各国の間に、不公正、回避可能、または是正可能な格差が存在しないことに努めることを原則の一つと定めている(3 条4 項)。衡平性を重視する協定の理念も、ワクチン格差是正のためにIPウェイバーが必要であるとの議論を後押しした可能性がある。
しかし、その後の交渉を通じてIPウェイバーに関する条約案の内容は徐々にトーンダウンし、最終的に2025年5月に採択されたパンデミック協定にウェイバーの文言は見当たらない[iv]。この結果は、日本政府を始めとする関係者の粘り強い交渉の成果であると評価することができると同時に、多数の交渉参加国が(後述するPABSと比べて)IPウェイバーの必要性は低いと判断したことを意味している。
問題は、法的な排他権ではなく、技術である
筆者は、交渉の舞台裏を知る由もないが、パンデミック協定がIPウェイバーを採用しなかったことは合理的であると考えている[v]。その最大の理由は、知的財産権の保護義務を免除しても、mRNAワクチンのような先端的な医薬品を緊急事態において安全、かつ、迅速に大量生産できるわけではないという点にある。これは、高分子の先端的医薬品の製造にはノウハウが重要であること、そして、そのような製造ノウハウを入手するためには、それを有する企業の自発的協力が不可欠であることによる。特許権や営業秘密の法的な排他性を制限したところで、技術を有しない第三者が直ちにmRNAワクチンを量産できるわけではない[vi]。COVID-19ワクチンの国際格差が生じた一因は、mRNAワクチンの製造ノウハウを有し、それを量産する能力を有する者が需要に比して限られていたからであって、問題は、法的な排他権ではなく、技術なのである。
技術が問題であるとすると、パンデミックへの備え及び対応としては、製造ノウハウを有する企業の自発的協力を得て技術移転を着実に進めるほかはない。パンデミック協定も、「パンデミック関連製品の生産のための技術移転及び関連ノウハウに関する協力」との見出しが付された11条において、「相互に合意された」(as mutually agreed)技術・ノウハウの移転を促進する旨を定めており、あくまで自発的な技術・ノウハウ移転を基本としている。
自発的技術移転の一例としては、WHO、Medicines Patent Pool(MPP)、製薬企業等が、フランス、カナダ、EUなどからの資金を得て、南アフリカに設立したmRNA ワクチン技術移転ハブが挙げられる。2021年7月から技術移転プログラムを開始し、2026年2月までに13のパートナー、76人が技術移転トレーニングを受けている。もっとも、自発的技術移転は、長い時間を要する。したがって、これは、あくまで平時の対策であり、パンデミック緊急事態の対策としては有効ではないといわざるを得ない。
むしろ、パンデミック緊急事態においては、ワクチン等の供給量の拡大が急務なのであるから、まずは、製造能力を有する(先進国)企業が供給量を迅速かつ大幅に増加させた上で、COVAXのように、量産されたワクチン等を買い上げて途上国に配布するアプローチが合理的であろう。COVAXの活動は、2023年末で終了したが、パンデミック協定では、新たにグローバルなサプライチェーン及び物流に関するネットワーク(Global Supply Chain and Logistics Network。以下「GSCLネットワーク」という。)の設立が決まっている(13条)。GSCLネットワークは、後述するPABSシステムにおいてパンデミック時のワクチン等の配分を行うことが想定されているようであり、後述するとおり、企業との自発的取引によりワクチンを買い上げるCOVAXよりも規制色が強まることが気がかりではある。とはいえ、緊急事態においては、技術(無体物)よりワクチンそれ自体(有体物)が重要であるという発想自体は、あながち的外れではない。
ともあれ、平時の対策と緊急時の対策の組み合わせが、将来のパンデミックへの備え及び対応として有用であるというのが私見である。
PABS:第3幕が上がる
以上のとおり、IPウェイバーは、敗者復活戦のパンデミック協定においても採用されなかった。しかし、それ以外にも、同協定には、物議を醸す内容が盛り込まれている。PABSである。PABSとは、Pathogen Access and Benefit-Sharing Systemの略称であり、パブスと発音する。文字通り訳せば、病原体へのアクセスと利益配分システム、である。
パンデミック協定12条によれば、PABシステムのポイントは、次のとおりである。
①パンデミックの潜在的可能性(potential)を有する病原体及び配列情報の迅速かつ適時な共有とそれらの共有・利用から生じる利益の迅速、適時、公正かつ衡平な配分を促進するため、多国間システム(multilateral system)であるPABSシステムを設立する。
②PABSシステムの詳細は、附属書において定めるが、以下の内容を含む。
(ア)パンデミック緊急事態において、PABSシステムに参加する製造業者は、WHOとの契約に基づいて、パンデミックを引き起こした病原体に対するワクチン・治療薬・診断薬(vaccines, therapeutics, and diagnostics。以下「VTD」という。)のリアルタイム生産量の20%(そのうち最低10%は寄付、残りは手頃な(affordable)価格での購入)を目標に(targeting)、WHOに迅速に提供する。VTDは、途上国のニーズに注意を払いつつ、公衆衛生上のリスク及び必要性に基づき、GSCLネットワークを活用して配分される。
(イ)追加的な利益配分の選択肢には、能力開発及び技術支援、研究開発協力、途上国の製造業者への非独占的ライセンスの供与、相互に合意した技術移転等が含まれる。
要するに、PABSシステムとは、パンデミックが発生したら病原体や配列情報をいち早く共有してVTDを迅速に開発できるようにする一方、開発されたVDTは、途上国にも配慮しつつ衡平に分配しようとする仕組みであるということができる。
実は、PABSは、生物多様性条約や名古屋議定書など[vii]において採用されてきたABS(Access and Benefit-Sharing)という仕組みを取り入れたものである。そこでABSについて簡単に振り返っておこう。
生物多様性条約とABS
生物多様性条約(以下「CBD」という。)は、1992年に採択された。その目的は、「生物の多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用及び遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を…実現すること」(CBD1条)であり、当初から「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」が目的の一つに位置付けられている。また、利益配分の前提として、「各国は、自国の天然資源に対して主権的権利を有する」(CBD15条1項)ことも明記されている。そして、2010年には、ABSを着実に実施するために、名古屋議定書が採択された。
CBD及び名古屋議定書によれば、ABSの基本的枠組みは、次のとおりである。①遺伝資源へのアクセスは、提供者と利用者が相互に合意する条件(mutually agreed terms。以下「MAT」という)に従うとともに(CBD15条4項)、原則として提供国の事前同意(prior informed consent。以下「PIC」という。)が要求される(同条5項・名古屋議定書6条1項)。②利益配分は、MATに基づいて行う(同議定書5条1項)。③遺伝資源が利用されている国は、①及び②が提供国法令に従って実施されるような措置を講じる(同議定書15条1項)[viii]。
以上のABSは、有体物である遺伝資源に対する国家主権を前提に、提供者・国と利用者との有体物の取引に関するバイラテラルなメカニズムといえる。しかし、その後、有体物の遺伝資源にアクセスしなくても、データベースに登録されたデジタル配列情報(digital sequence information。以下「DSI」という。)を使用すれば、利益配分を回避可能であることが問題視され、DSIの使用から生じる利益についてもABSの利益配分対象とすべきではないかという論点が議論を呼ぶこととなった。
この点について、2022年12月の第15回締約国会議(COP15)は、遺伝資源に関するDSIの使用からの利益を配分するためのマルチラテラル・メカニズム(以下「MLM」という。)(グローバル基金を含む)の設立を決定し、続く2024年11月の第16回締約国会議(COP16)は、MLMの大枠を決定した(附属書参照)。そのポイントは、次のとおりである。
①遺伝資源に関するDSIの全使用者は、DSIの利用から生じる利益(非金銭的利益を含む。)を公正かつ衡平な方法で配分すべき(should)である。ただし、ここでのshouldは、法的拘束力を持つとは解釈されないと理解されているようである(以下も同様)[ix]。
②商業活動におけるDSIの利用から直接・間接に利益を受けるセクターのDSI使用者は、その規模に応じて利益または収益の一部をグローバル基金に拠出すべきである。具体的に過去3年間の平均で3つの基準(総資産2,000万米ドル、売上高5,000万米ドル、利益500万米ドル)のうち少なくとも2つを超える事業者は、利益の1%または収益の0.1%を参考として拠出すべきである。ただし、この基準及び拠出割合は、第17回締約国会議(COP17)において設定され、定期的に見直される。また、対象セクターの参考リストとして、医薬品、栄養補助食品、化粧品、バイオテクノロジー、DSIに関する情報サービスなどが例示されている。
③②の対象セクターに属していてもDSIを使用していない者、公共データベース運営者及び公共の研究・学術機関は、金銭的拠出が免除される。
④DSIを公開するデータベース(DB)運営者は、DB利用者に対して、利益配分を含むMLMに関する情報を提供するとともに、DSIが由来する遺伝資源の原産国(判明している場合)に関する情報と、適切な場合には当該遺伝資源に関するメタデータ(当該遺伝資源に関連する伝統的知識の利用及びその起源または出所を示す情報を含む。)の提供を求める。
⑤得られた資金の配分基準は、COP17において決定されるが、参考として、生物多様性の豊かさ、DSIが由来する遺伝資源の地理的起源、(とりわけ途上国の)生物多様性の保全及び持続可能な利用のためのニーズ等が例示されている。
さらなる詳細は今後のCOP17に委ねられるが、以上からも分かるとおり、ABSは、従来のバイラテラル・メカニズムから、DSIを取り込んだマルチラテラル・メカニズムへと大きく変容した。バイラテラル・メカニズムでは、有体物の遺伝資源に対する国家主権や提供者の排他的支配権原を前掲に、遺伝資源へのアクセスを認める見返りに遺伝資源の使用から生じた利益が提供側に配分され、アクセスと利益配分が直接関連していた。これに対して、マルチラテラル・メカニズムでは、DSI提供者に利益が配分されるわけではないし、DSI利用者のうち特定セクターの大企業のみが、DSIの使用に起因する利益とは直接関係しない全体の売上または利益の一定割合を拠出する[x]。そこでは、アクセスと利益配分の間の直接の関連性は失われている。
また、高倉成男明治大学名誉教授が指摘するとおり、有体物の遺伝資源と異なり、無体物のDSIには国家主権が及ぶわけではなく、また、DSIが由来する遺伝資源(有体物)の排他的支配権能は当然にDSI(無体物)の排他的支配権能を含むものでもないと考えられる。
このように、アクセスと利益配分の直接の関連性が失われたMLMは、ABSといっても従来のバイラテラル・メカニズムとは似て非なる仕組みである。むしろ、生物多様性保全のために地球全体として必要な資金を獲得するために、アクセスと利益の直接的関連性を問わず広い意味での受益者ともいえる特定セクターのDSI使用者のうち大企業のみから金銭を徴収する仕組みと捉えた方がよさそうである。また、このような捉え方は、金銭的拠出が法的義務ではないとの理解とも整合的である。すなわち、提供者との何らの契約等もなく、特定セクターの大企業に対してのみ金銭的拠出義務を正当化することは困難であり、金銭的拠出は任意(せいぜい努力義務)とせざるを得ない。また、そうであるが故にDSIの使用に起因する利益と直接関係しない金額の拠出が定められているとも考えられる。誤解を恐れずにいえば、MLMの下での金銭的拠出は、持てる者への寄附の呼びかけに近いといっても過言ではないかもしれない。
再びPABSについて
再びパンデミック協定のPABSに戻ると、CBD及び名古屋議定書のMLMと比較した場合、両者は、マルチラテラル・メカニズムである点、また、有体物(遺伝資源、病原体)のみならず無体物の(デジタル)配列情報も対象とする点、において共通する。さらに、PABSにおいて、利益は病原体・配列情報の提供者に配分されるわけではなく、アクセスと利益配分の直接の関連性が失われている点も共通する。
他方、相違点として、PABSでは、利益配分としてVTDの拠出に重きが置かれていることが目を引く。確かに前述したとおり、緊急事態においては、時間のかかる技術(無体物)の移転より有体物のワクチン自体の配布が有用であるという考え方自体は、首肯し得る。問題は、それをどのように実現するか、である。前述したとおり、COVID-19ワクチンの場合、COVAXがその役割を担ったが、パンデミック協定では、それでもワクチン格差を解消できなかったことを踏まえると、COVAXより強力な仕組みが必要であると考えられたのかもしれない。VDTの拠出に関する数値目標(生産量の20%)や価格設定(10%は寄付で残りは手頃な価格)は、そのような強い姿勢の表れといえる。
しかし、このような利益配分に対しては、次のような疑問が生じる。
将来のパンデミックにおいてどの程度のVDTの需給ギャップや国際格差が生じるかは、そのときにならなければ分からない。それにも関わらず、目標とはいえ、なぜ20%という数字を予め決められるのであろうか?20%にいかなる根拠があるのだろうか?また、ある国の製薬企業がパンデミック時にVDTを開発したとして、当該国内においてVDTが不足しているときでも、当該企業は、当該国の国民よりWHOへの提供を優先しなければならないのだろうか?特に当該企業が当該国から公的資金助成を受けていたような場合、当該国民はそれに納得するだろうか?
しかも、製薬企業は、10%は無償で、残りは手頃な価格でVDTを提供することが求められる。そのようにVDTから得られる利益を減少させることは、果たして「パンデミックを予防し、備え、対応すること」(パンデミック協定2条)という目的に適うのだろうか。COVID-19ワクチンの場合、国際格差が生じたとはいえ、新規病原体の発見から約1 年でワクチンが開発されたことは、ワクチン開発の歴史に照らして画期的と評される[xi]。このような早期開発を進めるためには、むしろ開発インセンティブを強化すべきであって、VDTから得られる利益を減少させて開発インセンティブを削ぐことは、パンデミック協定の目的に反しかねない。VDTの開発なくして配分はあり得ないのである。
もっとも、PABSの下でVDTがWHOに提供されるためには、個々の企業がWHOと契約を締結する必要がある。国際条約は、民間の主体に契約締結を直接には義務付けられないとすれば、VDTの提供に関する上記の条件を受け入れてよいと考える企業のみがWHOと契約することとなり、それほど大きな問題ではないようにも思われる[xii]。しかし、VDTを開発するためにPABSの対象である病原体・配列情報にアクセスせざるを得ないとすれば、事実上WHOとの契約締結が強いられるおそれもある。その場合、やはり上記の問題点は看過し得ないと思われる。
知的財産権ではなく、技術でもなく、最後は有体物か
以上のとおり、COVID-19に端を発したパンデミック時におけるワクチン等医薬品アクセス問題をめぐっては、IPウェイバーという急進的な提案も登場したが、問題は、知的財産権ではなく、技術であることが判明するにつれ、IPウェイバーは、支持を失っていったと考えられる。
他方、技術移転は、長期的な平時の対策であるため、パンデミックには間に合わない。そこで、緊急事態においてワクチン等の有体物自体をいかにして国際的に配分するのかが問題となる。PABSの詳細を定めるパンデミック協定の附属書をめぐって現在進められている交渉においては、この点が問われている。
製薬企業にしてみれば、IPウェイバーは事実上消滅したものの、PABSという難題が新たに生じ、「一難去ってまた一難」といったところであろうか。
前回の本コラムの最後では、「果たして第2幕はどのような結末を迎えるのだろうか」と述べた。今回は、次のように述べることとしたい。果たして第3幕はどのような結末を迎えるのだろうか?
[i] 正確には、「WHOパンデミック協定(仮称)」であり、日本語名称には「(仮称)」が付されている。しかし、本コラムでは、単に「パンデミック協定」と呼ぶ。同協定の条文を始め、経緯や現在の交渉状況等については、外務省「WHOパンデミック協定(仮称)」を参照。
[ii] なお、一部では、ワクチンの強制接種などの誤解も生じたようであるが、外務省は、「WHOパンデミック協定(仮称)の交渉において、ワクチンの強制接種や言論統制など、国家主権を制限したり基本的人権の侵害について懸念を生じさせたりするような内容に関する議論が行われたことはなく、採択された協定にも、そのような懸念を生じさせる内容は含まれていません」と説明している。
[iii] WHO によれば、2023年末までのワクチンの初回シリーズの接種完了者の割合は、高所得国が約76 %であるのに対して、低所得国は約31 %にとどまる。
[iv] IPウェイバーをめぐる条約案の文言の変遷及びその問題点については、拙稿「ワクチンへのアクセスと知的財産をめぐる国際的議論の行方」日本知的財産学会誌20巻1号20頁(2023)や拙稿「パンデミックと知的財産・技術移転―国際ルールに求められるもの」前田健=ロイ・A・パルテイン編著『パンデミックと医薬品供給の法的問題』101頁(勁草書房、2025)参照。
[v] 詳細については、注4記載の拙稿参照。
[vi] 明細書が実施可能要件(特許法36 条4 項1 号)を充足しているのであれば、当業者が特許製品を全く製造できないという事態は考え難い。しかし、医薬品は、単に物理的に製造できればよいわけではない。とりわけ多数の健常者に接種するワクチンについては、極めて高い安全性が求められ、パンデミック時には、安全性を維持しながらワクチン等を大量生産する必要もある。そのためにも製造ノウハウが重要である。ただし、低分子医薬品には、ノウハウの提供を受けなくても後発品メーカーが生産可能なものもある。例えば、エボラ出血熱治療薬として開発され、COVID-19の治療薬としても用いられたレムデシビルの場合、ハンガリー及びロシアが強制実施権を許諾したとされるほか、バングラデシュの企業も独力で生産に成功したとされる。以上の点につき、注4記載の拙稿参照。
[vii] ABSは、食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR)や国連公海等生物多様性協定(BBNJ協定)といった他の条約においても採用されている。
[viii] ③の国内措置として、ABS指針が定められている。なお、PICを要求する遺伝資源提供国には、ABS規制の明確化が求められるが(名古屋議定書6条)、日本はPICを要求していない。また、国際的にABSに関する情報交換を行うクリアリングハウス(同議定書14条)として、ABSCH が設けられている。以上の点を含め、環境省のABSに関するサイト参照。
[ix] (一財)バイオインダストリー協会生物資源総合研究所所長宝来真志「生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)の報告-遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)の多国間利益配分メカニズムについて」10頁。
[x] そもそもそもそもDSIの使用を追跡することは困難であるとの事情もある。
[xi] Philip Ball, What the Lightning-fast Quest for COVID Vaccines Means or Other Diseases, 589 NATURE, 16-18(2021).
[xii] 個々の企業がWHOと直接契約を締結することには、米国のようにWHOから脱退してパンデミック協定の加盟国とはならない国の企業であっても、当該国の意向とは関係なく、WHOと契約を締結してPABSに参加することができるとの利点も考えられなくもない。ただし、あくまで前述のVDT提供条件を受け入れる用意があることが前提となる。