図利加害目的(桑原俊)
本年10月1日より、いわゆるサイバー対処能力強化法[i]が施行される。この法律自体は、安全保障の側面が強く、あまり知財と関連しないと思われるが、いわゆる情報のCIAという観点でいえば、サイバーセキュリティと知財は相応に関連しうると思っているところである。筆者は、サイバーセキュリティの観点から営業秘密保護法制をみている[ii]のだが、最近、図利加害目的[iii]に関心を有している。
図利加害目的は、特に、刑事法関係でよく論じられている[iv]ところであるが、平成15年改正において刑事罰が導入された際は、「不正の競争の目的」(当時の不正競争防止法14条3号・5号・6号。以下、「当時の不正競争防止法」は省略)とされていたところ、平成21年改正において、「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を与える目的」(21条1項1号など)とされた。
民事においても文言の(若干の)変遷があるところであり、平成2年改正で営業秘密保護が導入された際は、「不正ノ競業其ノ他ノ不正ノ利益ヲ図ル行為ヲ為シ若ハ保有者ニ損害ヲ加フル目的」(1条3項4号)とされていたものが、平成5年改正において、「不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的」(2条1項7号)と平仮名化され、平成21年改正において、「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的」(同)になり、令和元年改正において、「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的」(同)となっている。「図利加害目的」の意味を探求するに際し、民事・刑事両方に対する目配りは必要であると思っている。
更に、1条(目的)に目を転じてみると、「この法律は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため…」とされており、「国際約束の的確な実施を確保する」ことが法目的として明定されているので、条約にも目配りが必要であろう。
TRIPS協定[v]39条(2)においては、公正な商慣習(honest commercial practices)[vi]に反する方法により、営業秘密が、開示、使用、取得されることを防止できるものとするよう、加盟国は保護を行わなければならない旨が規定されている。そうである以上、「図利加害目的」の意味を探求するに際し、この「公正な商慣習」との関係も睨まなければならないはずである。そして、TRIPS協定における営業秘密保護規定は、39条(1)から明らかなように、パリ条約[vii]10条の2に規定する不正競争からの有効な保護を確保するためであるところ、パリ条約10条の2(2)には、「工業上又は商業上の公正な慣習に反するすべての競争行為は、不正競争行為を構成する」と規定されている。したがって、ここにいう「工業上又は商業上の公正な慣習」(honest practices in industrial or commercial)の淵源にまで遡る必要もあろうように思われる。
TRIPS協定は民事だけであるが、TPP協定18.78条(営業上の秘密)においては、その2項で、「刑事上の手続及び刑事罰を定める」となっているので、営業秘密侵害罪とTPP協定との関係をも踏まえる必要があるかもしれない。
以上のように、不正競争防止法の中や、条約との関係を精査していくだけでも相当なボリュームになると思われるが、それ以外にも、「横」の関係もみていく必要があると思っている。
すなわち、「不正の利益を得る目的」「損害を加える目的」との文言、これに類似する文言は、各種の法令で用いられている。不正競争防止法のそれを検討する際に参照した刑法の背任罪における規定[viii]はもちろんであるが、公益通報者保護法[ix]、特定秘密保護法(特定秘密の保護に関する法律)[x]、家畜遺伝資源不正競争防止法(家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律)[xi]など、かなり広く使われている。もちろん、規定ぶりや、その趣旨、保護対象、行為態様が異なるのだから、ここでいう図利加害目的の意味内容も異なることもあろう。とはいえ、横目であっても見ておく必要はあろう(特に、ここにあげたような法律は、不競法と親和性が相応にあるのではないかと思っている)。
個人的に注目しているのは、7月10日に可決成立した改正個人情報保護法の180条1項[xii]である。営業秘密侵害罪に構造が類似している。しかるに、その保護対象が「個人情報」になっており、非常に広い[xiii]。この規定に関しては、既にマスコミを含め批判が出ているところである[xiv]。今後、この規定が適用されることがあるかは未知数であるが、「図利加害目的」を適切に定義することによる解決策もあるのではないか、と、ぼんやり考えているところである。
思いつくままに課題を書き連ねただけであるが、備忘を兼ねて、コラムの場をお借りした次第である。
桑原俊(JPCERT/CC事業法務部門長・弁護士)
[i] 正式名称:重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律
[ii] IPA(独立行政法人情報処理推進機構。経済産業省所管の独法)が毎年公表している「情報セキュリティ10大脅威」においては、2016年以降、「機密情報を狙った標的型攻撃」や、「内部不正による情報漏洩等」が、毎年ランクインしているところである。サイバーセキュリティの文脈でも、営業秘密保護の重要性は増しているといってよいのではないか。
[iii] 「図利加害目的」は、法文上の文言ではなく、あくまで通称であるが、所管官庁である経済産業省の逐条解説をはじめ、広く用いられている。もっとも、「図利加害目的」との通称を用いないものもあり、例えば、佐久間修『体系経済刑法』(2022、中央経済社)92頁は、実際の文言に近づけて「不正利得加害目的」との通称を用いている。これに倣う見解もある(帖佐隆『営業秘密侵害罪の主観的要件を考える』(2025、芦書房)24頁)が、筆者は、単純に慣例に従い、図利加害目的と呼ぶこととする。
[iv] 最近のものグラフィーとして、帖佐・前掲注3
[v] 特許庁の下記サイトを参照。
https://www.jpo.go.jp/e/system/laws/gaikoku/trips/chap3.html#art39
日本語訳については下記を参照。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/trips/chap3.html#law39
[vi] 脇道にそれてしまうかもしれないが、情報法界隈では最近話題のEUデータ法(Regulation (EU) 2023/2854)において、” good commercial practices”という概念も用いられている(前文(61)や、13条3項。条文については、下記サイトを参照)。
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2023/2854/oj/eng
”honest commercial practices”と” good commercial practices”の違いも気になるところである。
[vii] 特許庁の下記サイトを参照
https://www.jpo.go.jp/e/system/laws/gaikoku/paris-patent/chap1.html#art10bis
日本語訳については下記を参照。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/paris/patent/chap1.html#law10-2
[viii] 「自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を与える目的」(刑法247条)
[ix] 「この法律において、『公益通報』とは、次の各号に掲げる者が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、当該各号に定める事業者…に通報することをいう。」(公益通報者保護法2条1項)など。
[x] 「外国の利益若しくは自己の不正の利益を図り、又は我が国の安全若しくは国民の生命若しくは身体を害すべき用途に供する目的で」(特定秘密保護法24条1項)。
[xi] 「不正の利益を得る目的で、又はその家畜遺伝資源生産事業者に損害を加える目的で、人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫し、又は窃取する行為により、家畜遺伝資源を取得したとき」(家畜遺伝資源不正競争防止法18条1項1号)など。
[xii] 改正個人情報保護法180条1項の条文は以下のとおり。
「自己若しくは第三者の不正な利益を図る目的で、又は本人、個人情報を保有する者その他の者に損害を加える目的で、人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の個人情報を保有する者の管理を害する行為により、個人情報を取得したときは、当該違反行為をした者は、二年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。」
[xiii] 個人情報の定義は、個人情報保護法2条1項に規定されているところである。一言で言えば、生存する個人の識別情報なのだが、「識別」の意味をめぐって、長年にわたり百家争鳴の議論があるところである。
[xiv] 例えば以下。
瀬下美和「亡霊の如く蘇る『メディア規制』報道機関も罰則対象の『個人情報保護法』改正案が衆院通過」週刊金曜日2026年6月10日
https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2026/06/10/antena-1751/
臺宏士「改正個人情報保護法案の罰則新設に識者ら懸念『違憲規定だ』」週刊金曜日2026年8月7日号
https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2026/08/07/antena-1774/
早くは、高木浩光・産業技術総合研究所主任研究員のウェブにおいて指摘されていた。
https://takagi-hiromitsu.jp/diary/20260511.html