ラーメン屋のテレビ(上村哲史)

「漫然とラーメン屋でテレビを見るな!」

 私は、早稲田大学ロースクールで10年以上「著作権等紛争処理法」という授業を担当しているが、その最初の授業において、必ずラーメン屋が店内に設置したテレビでお客さんに放送番組をライブ視聴させることが著作権侵害になるか否かを生徒に質問し、その解説をした後で、毎回「漫然とラーメン屋でテレビを見るな!」と言っている。

 今回のWebコラムの依頼があった時に、このラーメン屋のテレビの例を毎回授業で取り上げる理由を書くことを思いついたので、以下、少し説明させていただきたい。

ラーメン屋のテレビは違法?

 ラーメン屋が店内に設置したテレビでお客さんに放送番組をライブ視聴させることは著作権侵害となるのかと聞かれたら、答えはもちろん「NO」である。

 ただ、その理由は、単純ではなく、いささか説明が必要となる。

 著作権侵害といえるためには、いくつかクリアすべきハードルがある。すなわち、著作権侵害となるのは、簡単に言えば、①対象となるものが著作物(しかも我が国で保護される著作物)であり、②当該著作物が「利用」されていて、③著作権法30条以下に定める権利制限規定のいずれにも該当しない場合であって、著作権者の許諾を得ていないときである。

 ラーメン屋のテレビの例について、上記①から③をそれぞれ検討してみよう。

 まず、①については、ラーメン屋のテレビで流れている放送番組は、通常著作物である。そのため、①が問題となることは考えにくい(ただし、試験電波のカラーバーが流れていたらどうか、保護期間が切れている著作物だったらどうか、北朝鮮の映画だったらどうか、などといった議論はあり得る。)。

 次に、②については、ラーメン屋が店内に設置したテレビでお客さんに放送番組をライブ視聴させることは、著作権法21条から28条までに列挙されている支分権の対象となる利用行為のうち、いずれの行為に該当するか問題となる。これを生徒に質問すると、その年毎に異なるが、同法22条の2に定める「上映」に該当すると答える生徒が多い。一般的な言葉のイメージからして、人に著作物(映画の著作物)を視聴させるのは「上映」だろうと思うのは自然なことであると思う。

 しかし、著作権法に詳しい方はご存じのとおり、正解は、「上映」ではなく、同法23条2項に定める「公の伝達」(「公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する」こと)である。

 「上映」と「公の伝達」のどちらでもよさそうであるが、著作権法上は、明らかに「上映」は間違いである。著作権法は、同法2条1項17号に「上映」の定義を設けており、そこでは「上映」とは「著作物(公衆送信されるものを除く。)を映写幕その他の物に映写することをい」うとされている。ポイントは括弧書きであり、著作権法は、「上映」の定義の中で、上映の対象となる著作物から公衆送信されるものを除外して「公の伝達」との区別を図っている。それゆえ、例えば、東京スカイツリーから放送されてくる番組をテレビで受信してお客さんに視聴させるのは、著作権法上は、「上映」ではなく、「公の伝達」なのである。

 なお、著作権法には、このほかにも、このような交通整理の規定がいくつか存在する(例えば、同項7号の2の「公衆送信」の定義中の括弧書き等)。

 そして、③については、上記②の利用行為が放送される著作物の「公の伝達」であることを前提とすると、著作権法38条3項の「放送され、有線放送され、特定入力型自動公衆送信が行われ、又は放送同時配信等(放送又は有線放送が終了した後に開始されるものを除く。)が行われる著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、受信装置を用いて公に伝達することができる。通常の家庭用受信装置を用いてする場合も、同様とする。」が適用されることになる。

 同項の第一文を見ると、非営利で、かつ、視聴料金をとらない場合には、受信装置を用いた公の伝達ができることが定められている。ここで問題となるのは、ラーメン屋は、「営利を目的」としてテレビでお客さんに放送番組を視聴させているのではないかという点である。しかし、同項の場合にはその点の心配は無用である。というのは、同項の第二文(下線を引いた部分)では、「通常の家庭用受信装置」を用いてする場合であれば、たとえ営利を目的としている場合やお客さんから視聴料金をとる場合であっても、受信装置を用いた公の伝達ができる(「同様である」)と定められているからである。

 「通常の家庭用受信装置」の概念は時代とともに変化するものであるが、家電量販店で売っているようなごく一般的なテレビであれば、「通常の家庭用受信装置」に該当することで問題ない。

 仮に上記②の利用行為を誤って「上映」と考えてしまうと、著作権法38条1項が適用されることになるが、同項には「通常の家庭用受信装置を用いてする場合も、同様とする」との記載がないため、営利を目的とした上映は許されないことになる。このように、ラーメン屋のテレビの例は、利用行為を間違えると、適用すべき権利制限規定も間違えることになる典型的な例といえる。

ラーメン屋のテレビの例を授業で取り上げる理由

 上述のとおり、ラーメン屋のテレビを検討するだけでも、著作権法の定義をしっかり読んでいるか(「定義は大事!」)、同法の「利用」行為を理解しているか、同法の権利制限規定を理解しているか、など様々なことが分かるため、非常に著作権法の勉強になるのである。

 ここから派生して、放送番組をライブで視聴させるかわりに、録画した映像を視聴させるのはどうか、YouTubeを視聴させるのはどうか、パブリックビューイングのような大型モニターならどうか、著作権以外にも著作隣接権は問題にならないのか、などを考えると、著作権法のより深い理解につながると思う。

 著作権法の問題は、基本書や問題集の中だけではなく、我々が日々接しているサービスの中にあふれている。著作権法に詳しくなるため(著作権法マニアになるため)には、日常生活の中で「これって適法なのか?それとも違法なのか?」「これを著作権法的に説明するとどうなるのか?」といったことを常に考えることが大切である。ラーメン屋のテレビはその機会を与えてくれる格好の一例である。だからこそ、「漫然とラーメン屋でテレビを見るな!」なのである。

 こうした日常生活の中で著作権法のことを考えるくせがついており、それを考えだすと脳内で変な物質が出てくるようになれば、あなたも立派な著作権法マニアの一員である。ただし、他の著作権法マニアの仲間と議論したり、一人で考えるのはよいが、著作権法に詳しくない家族や友人に法的な分析をどや顔でしつこく説明しようとすると、「うざい!」との回答が返ってくるので、TPOをわきまえる必要がある。

 なお、私の授業の中では、「漫然とラーメン屋でテレビを見るな!」という話以外にも、「漫然とコンビニのコピー機でコピーするな!」といった話や「教科書のモナリザの絵に落書きをするな!」(年によって「正岡子規の写真に落書きするな!」という場合もある)といった話も雑談でしている。コンピニのコピー機の話は、ダビング機器がコンピニに置いていないことの理由とあわせて著作権法30条の私的使用目的の複製の条文構造を理解するのに役立つし、モナリザの落書きの話は、同法60条の死後の人格権の保護(関連して同法116条、120条、123条1項)の考え方を理解するのに役立つ。著作権法に詳しい方であれば、どんな話をしているのかピンとくるのではないかと思うが、また機会があれば話をしたい。

上村哲史(弁護士)


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