『アメリカ著作権法』が生まれるまで(安藤和宏)
早いもので、前回のコラムから5年の歳月が経過し、私も還暦をとうに過ぎてしまった。さて、2025年5月27日に出版された拙著『アメリカ著作権法』(弘文堂)も発行から約1年を迎えた。本コラムでは、この概説書が完成に至るまでの経緯を簡単に振り返ることとしたい。
そもそもの契機は、師である高林先生の授業におけるゼミ生・神田さんの発表である。彼がアメリカの終了権制度を紹介し、それを聴講していた私は、「なんて素晴らしい制度なんだ」と強い感銘を受けた。この制度を本格的に研究したいと思ったのが、本書を執筆するきっかけである。折しも、コロムビア大学ロースクールからの交換留学生として来日していた中国人留学生の曹宇さんが、「エンターテインメント法を研究するならアメリカに留学すべきです」と背中を押してくれたことも大きかった。
かくして、2005年7月、齢42にしてニューハンプシャー州にあるフランクリン・ピアース・ローセンターに留学することになった。さらに、2006年7月から2008年6月までの2年間はワシントン大学ロースクールに在籍し、勉学の傍ら、2007年12月に「アメリカ著作権法におけるモラル・ライツの一考察」、2008年2月に「アメリカ著作権法における終了権制度の一考察」を執筆した。
この頃からアメリカ著作権法を研究する以上、いつか本格的な概説書を出版したいという思いが次第に強まっていった。しかし、そのような概説書が一朝一夕に完成するはずもない。そこで、2008年7月の帰国後も概説書の刊行を目指して、毎年1本のペースで論文の執筆を続けた。
やがて書き溜めた論文が15本ほどになったので、出版社に企画を持ち込むことを考えていた矢先、運命的な出会いがあった。弘文堂の編集者である木村寿香さんである。田村善之先生の還暦記念論文集を通じて知り合い、その丁寧かつ緻密な仕事ぶりに惚れ込んだ。当時はサバティカルで台湾に滞在していたため、2023年9月の帰国後にこの企画を持ち込んだところ、幸いにも快諾して頂けた。ここから約1年半にわたり、二人三脚で出版に向けて作業を進めることとなった。
助成金がなくとも出版して頂けるということだったが、やはりあるに越したことはない。そこで、公益財団法人アメリカ研究振興会の出版助成に応募したところ、幸いにも採用して頂けた。それどころか、出版助成のための審査を担当された方々から有意義かつ貴重な指摘や助言をたくさん頂いた。その中には目から鱗が落ちるような指摘も少なくなかった。担当者の方々には感謝しきれないほどの御恩を受けた。
こうして2025年5月27日に弘文堂から『アメリカ著作権法』が無事出版された。明治大学の今村哲也先生から「せっかくだから出版記念講演会をやりましょう」と提案して頂き、明治大学で今村先生が司会、高林先生を特別ゲストとして迎え、著者である私を含めた三名で講演会を開催した。約100名の方々にご来場いただき、感慨深いひとときとなった。その中には、元有斐閣の信国幸彦さんの姿もあった。
実は、高林先生の『標準特許法』の初代編集者である信国さんとは、20年ほど前から「いつか一緒に仕事をしましょう」と語り合ってきた間柄であり、北海道大学在職時代には本書の企画を提案したこともあった。しかし、その後、信国さんの異動により実現には至らなかった。そのため、会場で信国さんの姿を見つけた際には、万感胸に迫るものがあった。その後、信国さんから出版祝いの席を設けたいとのご連絡をいただき、3月13日に木村さん、信国さん、そして私の三名で祝杯を挙げた。
『アメリカ著作権法』は、このような経緯を経て世に送り出されたものである。その出発点は、2001年に早稲田大学の門を叩いた時に遡るが、多くの出会いに恵まれなければ決して生まれなかった書でもある。最後に、この本の「はじめに」に記した木村さんへの謝辞を転載し、このコラムを締めくくることとしたい。すべての研究者が編集者に対して、感謝と敬意をもって接することを切に願う。
「最後に本書の編集を担当して頂いた編集部の木村寿香さんに感謝の言葉を述べたい。学者が書く原稿はあくまでも原石であり、宝石のように輝くか、くすんだままで終わるかは編集者の腕にかかっている。木村さんには2023年9月に弘文堂の会議室で本書の企画をお話して以来、1年半にわたり、原稿という名の原石を丁寧かつ丹念に磨いて頂いた。その手腕は筆者の期待をはるかに超えるものであった。彼女との共同作品ともいえる本書がみなさんのお役に立つことができれば、望外の幸せである。」