休 暇
日本人は働き過ぎている。そんなイメージはヨーロッパでも定着しているようだ。残念なことに、Karoshi(過労死)というのは、TsunamiやKamikazeと同様、日本語からドイツ語になった外来語の一つである。それは、日本の地下鉄に女性専用車両というものがあることや、日本の電車は「人身事故」によってしばしば運休することなどと同様、できれば外国人に説明したくない負の側面でもある。
「でも、日本人は別に嫌々仕事しているわけではないですよ。私自身、ゆっくり休むより、仕事に明け暮れる東京の生活を楽しんでいましたよ。」
ドイツに暮らし始めた頃は私もそんなことをいっていた。ところが、彼らドイツ人も仕事を嫌がっているわけではなさそうだ。仕事は仕事として楽しみつつ、プライベートも充実している。ゆとりのある広い住宅に暮らし、外国も郊外の湖も近く、美しい池や公園はもっと身近にあるという環境。家族と過ごすことが最大の幸福という彼らの価値観は、そんな環境で培われたものかも知れない。
そんなヨーロッパライフを真似ようとする日本人を、かつては私も「ドイツかぶれ」と冷ややかに見ていたところが正直ある。いやむしろデパートや店舗がすべて20時に必ず閉店し、完全閉店の日曜日は一見するとゴーストタウンのようになるドイツの街は、いささか退屈に感じられたものだった。その私がいつしか彼の地のシンプル&スローライフに感化されているというのだから弁解の言葉もない。
もちろん、ドイツだって失業、移民、社会保障制度などさまざまな問題を抱えていることはたしかである。それでも、まさにワーク・ライフ・バランスが取りざたされている昨今の日本において、ヨーロッパから日本社会を見つめなおしてみる意味は小さくないように私には感じられるのである。
ただ日本でも、大学というところは1ヶ月程度の夏期休暇があるという稀有な職場である。私もせっかくヨーロッパに留学したのだから、シンプル&スローライフを日本で実現するのだ。原稿や講演の仕事はきちんと管理して計画的でゆとりのある生活をするのだ。そんな決意をしたはずの私、今このコラムを執筆しながら、午前3時半を静かに告げる時計から目をそらした。かなしいかな、これが現実。
立教大学法学部教授 上野達弘 (2011/7/29 update)
|